渋沢栄一の生家、深谷市の旧渋沢邸「中の家(なかんち)」無料で見学できる観光スポット!

渋沢栄一中の家母屋

深谷市出身の実業家、渋沢栄一(1840年〜1931年)の生誕地の旧渋沢邸「中の家(なかんち)を紹介します。

「中の家」と書いて「なかんち」と読みます。見学は無料です。

旧渋沢邸「中の家」の様子

旧渋沢家「中の家」はJR高崎線の深谷駅から車で約20分ほどの距離。群馬県との県境の近く、深谷市血洗島(ちあらいじま)にあります。

血洗島・・・だなんてちょっと驚く地名ですよね。地名の由来ははっきりとしていませんが、江戸時代の文献には「血洗島村」という名が記されています。

渋沢栄一中の家門
「中の家」正門

江戸時代後期の1840年、渋沢栄一はこの地で誕生。現在残されている家屋は、家督を継いだ栄一の妹夫婦が1895年(明治28年)に上棟した住居です。てっきり、栄一が生まれ育った家なのかと思っていましたが、生家は既に無くなっていました。

渋沢家は代々農業を営んでいましたが、明治時代には養蚕や藍玉づくり、雑貨屋・質屋なども手掛けるようになり、さらに財を成していったとのこと。立派な正門からも裕福な暮らしぶりが想像できます。

渋沢栄一中の家母屋
「中の家」主屋

正門をくぐると、切妻造りの2階建ての主屋が見えてきます。養蚕農家特有の屋根の上に高窓が付いた立派なお屋敷。2階は養蚕用としても利用されていました。

渋沢栄一中の家土蔵
敷地内には他に土蔵が4つ
渋沢栄一中の家銅像
若き日の渋沢栄一の像

渋沢家の長男として誕生した栄一が中の家で過ごしたのは、23歳まで。その後は、仕事の合間をぬって帰省していたとのことです。

渋沢栄一中の家土間
主屋の土間

主屋の土間には、渋沢家の家系図、写真や資料などが紹介されています。2017年に中の家を訪れた天皇皇后両陛下の写真も展示されていました。

見学時にはガイドの解説をお願いすることも可能。解説をお願いしましたが、歴史背景や昔の深谷市の様子を含め、丁寧に話してくれます。非常にわかりやすかったですよ。

渋沢栄一中の家書
渋沢栄一の書
渋沢栄一中の家座敷
主屋のお座敷

残念ながら、主屋の中に上がって見学することはできません。土間からは1階のお座敷の様子を多少うかがうことができます。

1階の一番奥の座敷は、栄一が帰ってきた時に使っていた部屋とされています。栄一が静かに過ごせるようにという、妹夫妻の配慮で部屋の真上には2階部分を造らなかったと伝えられています。

旧渋沢邸「中の家」は、明治時代から大正時代にかけて、日本の近代文化に貢献した渋沢栄一の原点を垣間見ることができる場所です。

渋沢栄一中の家観光案内

旧渋沢邸「中の家」周辺には他にも、渋沢栄一に関連する施設が多数揃っています。併せて巡ってみるのもおすすめです!

旧渋沢邸中の家 施設情報

  • 住所:深谷市血洗島247-1
  • 電話:048-587-1100(渋沢栄一記念館)
  • 開館時間:9:00〜17:00(入場は16:30まで)
  • 休館日:12月29日〜1月3日
  • 見学料金:無料
  • 駐車場:あり(無料)