【誠之堂・清風亭】深谷市の観光スポット。渋沢栄一ゆかりの重要文化財を見学してきた

深谷誠之堂と清風亭外観

埼玉県深谷市の観光スポットに「誠之堂(せいしどう)」と「清風亭(せいふうてい)」があります。

深谷市出身の実業家渋沢栄一に関連する大正時代の建物で、誠之堂は国の重要文化財、清風亭は埼玉県指定有形文化財に指定されているほどです。

誠之堂と清風亭は並んで建っていて、ガイド付きで外観と内部を無料で見学できますよ。

このページでは、誠之堂と清風亭の施設情報や見学の様子を紹介していきます。

誠之堂と清風亭の歴史

誠之堂と清風亭は、元々は東京都世田谷区瀬田にあった第一銀行(後の第一勧業銀行)の保養施設「清和園(せいわえん)」の敷地内に建てられました。第一銀行は渋沢栄一が初代頭取を務めた銀行です。

誠之堂が1916年(大正5年)、清風亭が1926年(大正15年)に建設されています。

深谷誠之堂移築前

清和園の様子を全体写真で確認してみると・・・テニスコート、野球場、プールなどがある広大な敷地だったことがわかります。写真の赤マル部分が誠之堂です。

深谷誠之堂と清風亭外観

1971年(昭和46年)には、清和園の敷地半分を聖マリア学園(セント・メリーズ・インターナショナル・スクール)に売却します。

誠之堂は外国人教師の校宅として、清風亭は集会所として銀行から学園に貸し出されていました。

深谷誠之堂と清風亭看板

しかし、聖マリア学園の施設拡充計画により、誠之堂と清風亭の取り壊し計画が発足。

それを知った深谷市は、渋沢栄一に関係する貴重な建築物ということもあり、譲り受けに名乗りを上げた、というわけです。

清和園での解体から、深谷市への移築・復元工事までにかかった期間は、1998年(平成10年)2月から1999年(平成11年)8月までの約1年半。1999年11月から見学施設としています。

誠之堂の見学

見学した時は、ボランティアガイド1人、見学者は私を含め5名でした。見学の予約は不要ですが、10名以上になる場合は予約が必要です。

誠之堂は1916年(大正5年)に深谷市出身で第一銀行の初代頭取を務めた渋沢栄一の喜寿(77歳)を記念して建築されました。

建築費用は第一銀行行員たちの出資によるもの。部下が上司のためにお金を出して、建物を造るという話もすごいですよね。現代ではちょっとありえない・・・。

ガイドさんからは、当時の銀行行員という職業が非常に裕福だったこと、渋沢栄一が部下から慕われていたことなどが理由として挙げられていました。

深谷誠之堂外観

設計者は「清水組(現在の清水建設株式会社)」の技師長で大正建築の名手といわれた田辺淳吉。清水組も渋沢栄一が建てた会社のひとつです。

渋沢栄一からの誠之堂の設計条件は「イギリス風の田舎屋」「建坪は30坪前後」「小集会に適する程度の設備」などということでした。

見学に来るまで、誠之堂は渋沢栄一の隠居宅だろうと思っていたのですが、そうではなく、主に銀行の集会所として利用されていたそうです。

深谷誠之堂イギリス積レンガ

構造は補強煉瓦造り、焼き色の異なる3色の煉瓦が積まれています。煉瓦の積み方は「フランス積み」といって、長い煉瓦と小さい煉瓦を交互に積む方法です。

深谷誠之堂喜寿

よく見ると、煉瓦で「喜寿」の文字が積まれていますよね。両脇にはステンドグラスがはめ込まれた窓があり、かなり練られたデザインです。

ステンドグラスは内部から見た方が美しいので、後ほど詳しく紹介します!

深谷誠之堂テラス

ベランダには左右にベンチが設けられ、東洋風の手すり子にも装飾されています。

深谷誠之堂刻印されたレンガ

煉瓦の赤マルで囲んだ箇所は「上敷免製(じょうしきめんせい)」と刻まれているんですが、わかりますか?

誠之堂を解体・移築する時に「上敷免製」と刻印された煉瓦が発見されています。これは深谷市に存在した日本煉瓦製造株式会社で製造された煉瓦である証拠。

「上敷免(じょうしきめん)」とは煉瓦工場があった場所の地名です。渋沢栄一の出身地である深谷の煉瓦が使用されていたんですね。

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深谷誠之堂レンガペンダント

そして、ここでガイドさんが見せてくれたのが煉瓦ペンダント。「上敷免製」と刻印されています。300円くらいで市販されているそうですよ。

外観の説明が終わり、いよいよ中へ入ります!室内は靴を脱いで用意されているスリッパに履き替えます。

深谷誠之堂内部

内部もきめ細かな装飾やデザインで施されています。大広間のカーテンレール、窓やドアの金具などは特注で作られたものだそうで、建設当時のまま残されていました。

深谷誠之堂内部天井

天井は円筒型の漆喰(ヴォールト天井)。朝鮮風の雲や鶴の模様の石膏レリーフ、喜寿のお祝いということで「寿」の文字が彫刻された豪華な造りです。

深谷誠之堂ステンドグラス1

外観からも確認できたステンドグラス。中国漢代の「画像石」の図柄を参考にされ、渋沢栄一の喜寿を祝う様子が描かれています。

深谷誠之堂ステンドグラス3

祝宴で楽器を演奏したり、雑技をしている様子がわかります。細部にわたり、作りや色の配色が見事です。

深谷誠之堂ステンドグラス2

こちらのステンドグラスは、祝宴に出す料理を準備している様子。魚をさばいていたり、かまどで火をおこしているんですね。

深谷誠之堂ステンドグラス4

玄関近くの化粧の間には、鳳凰と龍のステンドグラス。大広間の祝宴のステンドグラスとはまた違ったタッチで目を引きます。

深谷誠之堂写真

渋沢栄一の喜寿を祝った時の集合写真が飾られていました。

清風亭を見学

続いては清風亭です。1926年(大正15年)に第一銀行二代目頭取を務めた佐々木勇之助(ささきゆうのすけ)の古希(70歳)を記念して、誠之堂の隣に建築されました。

建築費用は誠之堂と同じく、部下である第一銀行行員たちの出資によるもの。やはり当時の銀行行員はお金持ちのようです。

深谷清風亭外観

設計者は銀行建築の名手、西村好時(にしむらよしとき)。他にも東京丸の内の第一銀行新本店や一連の第一銀行の建物、支店長社宅、証券会社建築等の銀行関係施設を手がけています。

清風亭は当時流行っていたスペイン風建築。屋根は南欧風のスパニッシュ瓦、ベランダの5連アーチ、出窓のステンドグラスや円柱装飾などが特徴的です。

深谷清風亭テラス

誠之堂は煉瓦造りでしたが、清風亭は鉄筋コンクリート造りの初期の建築物。1923年(大正12年)の関東大震災をきっかけに耐震性への関心が高まり、日本の洋風建築は煉瓦から丈夫な鉄筋コンクリートへ代わっていきます。

清風亭は誠之堂と同じく、主に銀行の集会所として利用されていました。

深谷清風亭入口

ガイドさん情報ですが、清風亭のテラスで安室奈美恵のPVが撮影されたそうですよ。残念ながら曲名は分からないとのこと。何の曲か気になります・・・!

深谷清風亭内部

清風亭の大広間には暖炉、天井は唐草模様のぶどうのつると果実が彫刻されています。

深谷清風亭写真

佐々木勇之助の古希を祝った様子が写真で残っています。写真には渋沢栄一の姿もありました。

誠之堂と清風亭を見学した感想

2棟見学して、所要時間は約1時間。今から約100年前の建物が、移築・解体したにもかかわらず保存状態が良いことに驚きました。

誠之堂と清風亭は小建物ですが、時代の流行やイギリスやスペイン、朝鮮などの要素を取り入れた施工技術が詰まっています。

建築には詳しくない私でもガイドさんが詳しく説明してくれるので、ひととおり理解できました!ガイドさんは質問にもどんどん答えてくれるので、楽しんで見学できましたよ。

誠之堂・清風亭へのアクセスと見学時間・料金

誠之堂と清風亭は、埼玉県深谷市起会(きかい)にある大寄公民館の敷地内に並んで建っています。

最寄りの深谷駅からは約4kmあり、駅から出ているバスの本数は1〜2時間に1本程度。車で行くのが一番おすすめです。

カーナビ等に入力する時は、大寄公民館の住所「深谷市起会84-1」で入力してみてください。駐車場は大寄公民館と共有で、駐車料金は無料です。

深谷駅からバスを利用したい場合は、深谷市コミュニティバス北部定期便に乗車し「大寄公民館」で下車します。

  • 住所:埼玉県深谷市起会84-1
  • 電話:048-571-0341(大寄公民館)
  • 見学時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
  • 見学料金:無料
  • 休館日:12月29日〜1月3日